青年会議所とは

1949年、明るい豊かな社会の実現を理想とし、責任感と情熱をもった青年有志による東京青年商工会議所(商工会議所法制定にともない青年会議所と改名)設立から、日本の青年会議所(JC)運動は始まりました。

共に向上し合い、社会に貢献しようという理念のもとに各地に次々と青年会議所が誕生。1951年には全国的運営の総合調整機関として日本青年会議所(日本JC)が設けられました。

現在、全国に青年会議所があり、三つの信条のもと、よりよい社会づくりをめざし、ボランティアや行政改革等の社会的課題に積極的に取り組んでいます。さらには、国際青年会議所(JCI)のメンバーとして各国の青年会議所と連携し、世界を舞台として、さまざまな活動を展開しています。

徳島青年会議所とは

1957年5月6日、「青年は高度社会への推進力であり、祖国日本の生成発展への道もまたわれわれ青年の双肩にかかっています。」との設立趣意書を掲げ、全国で123番目のLOMとして徳島青年会議所は誕生しました。

(一社)徳島青年会議所には、品格ある青年であれば、個人の意志によって入会できますが、25歳から40歳までという年齢制限を設けています。これは青年会議所が、青年の真摯な情熱を結集し社会貢献することを目的に組織された青年のための団体だからです。会員は40歳を超えると現役を退かなくてはなりません。この年齢制限は青年会議所最大の特性であり、常に組織を若々しく保ち、果敢な行動力の源泉となっています。

青年会議所とは

JC運動の主体は常に「地域」です

全国のメンバーが、自ら暮らすそれぞれの地域から、国を考え、世界を見つめています。

日本青年会議所には、各地青年会議所の連携・連絡調整機関として、47都道府県ごとに【ブロック協議会】が、ブロック間の連携・連絡調整機関として地方ごとに10の【地区協議会】が組織されています。 日本青年会議所・地区協議会・ブロック協議会、それぞれの会員は各地青年会議所であり、その活動は各地青年会議所から受け入れた出向社員によって行われています。

青年会議所の三信条

『三信条』は、1950年5月1日に、現在の日本青年会議所の全身であるJC懇談会の中で、JC運動の行動綱領としてこの三信条が採択されました。翌1951年日本JC創立総会(東京)にて定款に「三信条」が掲げられました。 この三信条の意味は、JC運動とは、若い人々が集まって自己啓発・修錬(トレーニング)を行なう場であり、培われた力を用いて地域社会に奉仕(サービス)する事である。そして、そのトレーニング・サービスを支える力として、会員全員、同士を貫くフレンドシップ(友情)がある。というものです。

社会への提言と、市民運動の
コーディネーターをめざす
青年会議所(JC)は、人類愛を基本理念として常に時代を先取りし、自らの手で社会への奉仕を行ないます。この活動が地域社会の発展と、国家や世界の平和に貢献することと願って運動を進めております。
能力開発と情報交流で
新時代にチャレンジ
JCメンバーは、その運動を通して自己鍛錬を試み、お互いに切磋琢磨し、集団の中での指導力訓練、能力開発、情報交流等による青年経済人としての資質の向上をはかります。
あなたの人脈を形成する
多くのJCメンバー
JCでは、会員間の相互理解と連帯をめざして友情を追求します。この友情は都市から国家へ、国から世界へと広がります。徳島県内はもとより、日本、世界の会員があなたの新しい友人となり、新しい人脈を形成します。

世界に広がる青年会議所

自由な社会と経済発展を実現し、新しい社会をリードするにふさわしい人材育成を目的として、1915年にアメリカ・ミズーリ州セントルイスで生まれた小さな青年活動グループが青年会議所(JC)の始まりです。その活動が徐々に認められ、アメリカの社会的活動を担う主要な青年団体へと発展していきました。 1944年には「積極的な変革を創り出すのに必要な指導者としての力量、社会的責任、友情を培う機会を若い人々に提供することにより、地球社会の進歩発展に資すること」を使命に、アメリカ、コスタリカ、エルサルバドル、グァテマラ、ホンジュラス、メキシコ、ニカラグア、パナマの8カ国によって国際青年会議所(JCI)が発足しました。その後、年々加盟国は増え、日本も1951年に加盟し、JCIの一員となりました。 現在、世界100ヶ国以上で青年会議所は存在し、会員数も20万人以上となり、世界で最大規模の青年団体となっています。また、この現役メンバーに加え、卒業していかれた約250万人以上ものOBもいます。毎年11月には世界会議が開催され、世界中のメンバーが一堂に会する重要な国際交流の場となっています。

これまでの徳島青年会議所の歩み

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