2017.04.2960周年実行委員会

第2回 中長期策定会議② ~絆~

  • 徳島JCの誇るお祭り男こと、新居です。前回のつづきです!

ひとづくり

私は1983年に研修委員会を経て、その後まちづくり委員会、その後中山理事長のセクレタリーをしました。それまで徳島青年会議所はセクレタリーという役職は無く、私は徳島青年会議所の第一号のセクレタリーをさせていただきました。

そのときは、専務理事という役職も徳島青年会議所には無く、総務委員長が専務理事の役割をしてしました。徳島ブロック協議会や四国地区協議会で総務委員長が居ない場合は、私は理事長といつも一緒にいましたので専務席に座らさせて頂くことがよくありました。その時に専務席に座らせて頂いて四国地区協議会の流れなどを勉強することができて本当にいい経験をさせていただきました。

私にとってそういった経験は有難かったことなので、役職が回ってきたときは受けるべきだと思います。せっかく青年会議所に所属しているので、色んなことを経験していただければと思います。

洋上セミナー

皆さん、徳島は好きですか?日本は?四国は好きですか?好きですよね?

やはり、好きということになってくると、徳島をどうにかしたいな、せっかく好きな徳島、いろいろな人に知ってもらい、来てもらいたい。そうなってくると、色々なことをしないといけない。そうなったときに何が必要かというと、人財です。

もともと、千葉と徳島の洋上セミナーをなぜしたのかというと、中学生の頃から、リーダー、ひとづくりを行うべきだと先輩方が考え、実行してきたからだと思います。

洋上セミナーに参加された方はもともと優秀な方も多かったのだとも思いますが、立木さとみ歴代のような方を排出できたのは、そのようなリーダーを作り上げたいという思いから様々な研修や取り組みを行った結果であるとも言えるのではないでしょうか。

宝船

横浜未来博が行われることになったとき、徳島から大きな船がでていましたので、何か徳島の物産を持っていきたいなという想いのもと、市も県も巻き込んで徳島の物産品を持っていくこととなりました。これは、青年会議所だったからこそできた事業ではなかったのかと思っています。

今でこそ青年会議所の知名度はありますが、それまでは、県や市を巻き込んでの事業というのは少なかったのではないでしょうか。この時期から、徳島青年会議所、青年会議所活動の知名度があがってきたのではないかとおもいます。

吉野川フェスティバル

今も続いている事業としては、吉野川フェスティバルが思い出されます。これも最初は徳島青年会議所の事業です。

徳島市から100周年の事業として吉野川に関わる事業してもらえないかということで徳島青年会議所に依頼がきました。そこで何をしようかとなったときに、河川敷に誰かを招いてコンサートをしたり、食べれるものをと考えました。

鉄工所のメンバーが大きな鉄板を切ってつくって、焼きそばを焼いたり、大きなコテを作ったりと、皆で汗を流しながら吉野川フェスティバルを企画・運営しました。室長としての参画でしたが、その当時の友情は今も続いています。

その後、様々な方々の協力のおかげで吉野川フェスティバルが今も続いていることに対し、現役の皆様も誇りに思っていただいてもいいと思いますし、私も先人の方々を誇りに思っています。

全国大会

第31代理事長 細井久義先輩が、30周年のときに提案した内容がきっかけとなりました。そのとき、細井歴代は「全国大会をしよう」とは言いませんでした。どのように細井歴代が我々に提案したかというと「全国大会ができるまちにしよう。」でした。全国大会が目的ではなかったのですね。全国大会が出来るまちづくり、その結果、全国大会ができる。そういう活動をしませんか。という提案をしたんですね。

それから4年後、私が理事長の職をお預かりしたときまで、誘致運動は続きました。誘致が決まった際には、それまでの先人の皆様、メンバーの働き、また、協力して頂いた方々と喜びを分かち合い、涙しました。本当にいいスクラムが組めていたのではないかと思います。このようなことが、ひとづくり、まちづくりに関係するのだと思います。

結びに

日本を愛していますか?四国を愛していますか?徳島を愛していますか?

自分の会社の製品を愛せないければ、会社も大きくなりません。こういう会社を作りたい、こういう会社にしていきたいというビジョンをもつと、自分もこう動ぐけど、こういう動きができる人財がほしいという、想いができるのではないでしょうか。

自分だけでは絶対にできない。社長一人では絶対に会社は動いていかないわけですから、一人ひとりの能力を見つけ出し、必要とする人財に育成する必要があります。

自分の会社を運営する上でも、JC運動でも同じではないでしょうか。

私が理事長をしていた際に、徳島青年会議所 理事長として様々な団体の諸会議、事業に参画させていただきました。これは、徳島青年会議所を認めてくれていたし、必要とされ、求められていたのだと思います。そのように、いつまでも求められる、必要とされる青年会議所、徳島青年会議所で有り続けて頂きたいと思っています。

 

 

岩根シニア会長、この度は、貴重な講演をしていただき、誠にありがとうございました。いつまでも求められ、必要とされる徳島青年会議所にするために、今回、学んだ徳島青年会議所が行ってきた事業やその背景、そしてそれに込められた想いを中長期計画にこめます!

 

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